弁護士コラム

弁護士コラム「譲渡対価を1円とする株式譲渡のリスク」が掲載されました。

2025.05.21

近年では中小企業を対象としたM&Aの件数が飛躍的に増えております。M&Aの対象となる中小企業は必ずしも業績が良い会社とは限らず、債務超過の会社もM&Aの対象となります。貸借対照表上は債務超過であっても、その会社の事業自体には価値がある場合があるためです。このような債務超過にある会社などを対象とするM&Aは「Distressed M&A」を呼ばれます。

Distressed M&Aについては、価値がある事業、及びその事業に従事する従業員の雇用を他の会社が引き継ぐという点において大きな意義がありますが、他方で、昨今では債務超過の会社について、株式の譲渡対価を1円とするMAが行われています。

このような譲渡対価を1円とする株式譲渡は、M&Aの専門家が想定しているDistressed M&Aの本来の姿とは大きく異なるもので、売主側でリスクを負う可能性があります。

そこで本コラムでは、譲渡対価を1円とする株式譲渡のリスクについて解説させていただきます。

 

1. 譲渡対価を1円とすることの意味

M&Aというと、一般的には買主から売主に対して大きな金額が支払われるイメージを持たれることが多いかと思います。これは、新聞等で報道されるM&Aにおいては、対象となる会社の価値が大きいためです。

他方で、株式譲渡の対価が1円であるということは、その会社の実質的な価値がゼロであることを意味します。

実質的な価値がゼロの会社をM&Aの対象としてはならないという法律はありませんので、売主である株主と買主が合意すれば、そのような会社についてもM&Aが成立します。

それでは売主と買主は、なぜ譲渡対価を1円とするM&Aについて合意に至るのでしょうか。双方にとってメリットがあるはずです。

 

2. 売主・買主にとってのメリット

上記のとおり、株式譲渡の対価が1円ということは、その会社の事業に価値がないことが前提となります。

買主の立場からは、そのような会社の株を譲り受けても意味がないですし、売主の立場からも譲渡対価は1円なので、経済的なメリットはありません。なお、本来的なDistressed M&Aが実行される場面では、事業自体に価値があることが前提ですので、対価が1円ということは想定されず、かつスキームも株式譲渡ではなく事業譲渡又は会社分割となることが通常です。

しかしながら、「悪質M&A」、あるいは「吸血型M&A」と呼ばれるM&Aにおいては、買主が対象会社の株式を取得した直後に、対象会社の現預金を他の会社に移動させ、対象会社の事業を停止させるという事態が生じています。

すなわち、買主が譲渡対価を1円とする株式譲渡を行う背景には、その会社の事業に価値を見出していることにあるのではなく、その会社が保有する現預金を抜き取ることのみにある可能性があります。

反対に売主が譲渡対価を1円とする株式譲渡を行う背景には、M&Aの対価を得ることではなく、買主から「M&Aの実行後、経営者保証を解除する」などと言われ、自らが連帯保証人となっている対象会社の金融機関からの借入の返済義務を回避することにあることが多いです。

確かに、対象会社が金融機関から多額の借入を行っており、売主がその連帯保証人となっている状況においては、株式譲渡の対価が1円だとしても、連帯保証を解除してもらえるのであれば、売主にとって大きなメリットがあることになります。

 

3. 売主が負うリスク

それではM&Aの実行後、売主は連帯保証を解除してもらえるのでしょうか。

前提として、連帯保証を解除するかどうかは金融機関の判断事項となります。そのため、買主がどれだけ「M&Aの実行後に連帯保証を外します」と言ったところで、金融機関がNoと言えば売主の連帯保証は解除されません。

弁護士などの専門家が関与するケースでは、経営者保証ガイドラインを活用し、M&Aの実行後に売主の連帯保証が解除されることもありますが、売主・買主のいずれにも適切なアドバイザーが付いていないケースでは、M&Aの実行後に金融機関に相談したところで、売主の連帯保証が解除される可能性は極めて低いと思われます。

そうすると、売主は株式を1円で譲渡したにもかかわらず、自らの連帯保証は解除されないという事態に陥ることになります。これが、譲渡対価を1円とする株式譲渡の最大のリスクです。

 

4. まとめ

本コラムでは、譲渡対価を1円とする株式譲渡のリスクについて解説させていただきました。

「悪質M&A」、「吸血型M&A」と呼ばれるM&Aは、悪質な買主が対象会社の資産を抜き取ることだけを目的とし、売主に「連帯保証を解除する」といった甘言を用いて、わずか1円で売主から株式を取得するものです。

そのため譲渡対価を1円とする株式譲渡がなされた場合には、買主やM&A仲介会社が言っていることが真実か、売主側にどのようなリスクがあるのかといった点を、事前に専門家に確認されることをお勧めします。

譲渡対価を1円とする株式譲渡についてお悩みの場合には、こちらのお問い合わせフォームよりご連絡をいただけますと幸いです。

 

※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。

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