日本の会社法は、会社の株主や債権者を保護する観点から、取締役と会社との間の取引等に対し、手続的な規制を設けています。
例えば会社と取締役との間の利益が相反する取引(利益相反取引)については、株主総会又は取締役会における承認が必要とされています。また、取締役へ報酬を支給するためには株主総会の承認が必要とされています。
もっとも、株主総会又は取締役会における承認がなされないまま、オーナー個人との間の取引や、関連会社との間の取引などの利益相反取引が行われていることや、取締役に報酬が支払われていることも珍しくありません。
他方で、会社法がこのように一定の取引・行為につき株主総会等での承認を要求している趣旨は、株主や会社の債権者を保護することにあることからすれば、家族経営の中小企業で株主が親族のみで構成されていて、業績もよく債権者への支払も適切になされているのであれば、必要な手続が取られていなかったとしても、それが大きな問題となることはほぼありません。
しかしながら、M&A・事業承継の実行により中小企業の株主に変更が生じると、過去の法律違反について、以前の取締役などの役員に対して責任追及がなされることがあります。
本コラムでは、このようなM&A・事業承継の実行後の、過去の法律違反に関する役員への責任追及について解説させていただきます。
1. M&A・事業承継の実行後に過去の法律違反が問題となる背景
M&A・事業承継の実行に際しては、買主・承継先によるデュー・ディリジェンス(DD)が行われることが通常です。
DDにおいては、過去の株主総会議事録、取締役会議事録の有無及び内容、株主や関連会社との間の取引の内容についても調査の対象となることが一般的ですので、冒頭で述べた手続違反などが存在すれば、買主はDDを通じて認識することが可能です。そのため、M&A・事業承継の実行前に手続をきちんと履行するように、買主から売主に対して要請がなされるケースもあります。
一方で、買主が対象会社における法律違反を認識しつつも、単なる手続の違反であり、それほど大きな問題ではないとして、法律違反の状態のままでM&A・事業承継の実行に至ることもあり、問題となるのはこの場合です。
M&A・事業承継の実行後も会社の業績が良く、売主の間でトラブルも無ければ、買主としてもわざわざ過去の法律違反を持ち出す必要はないのですが、M&A・事業承継の実行後に会社の業績が落ち込んだり、売主との間で別の事由に関してトラブルが生じている場合、過去の法律違反を理由として、売主に対する責任追及がなされる可能性が生じます。
なお、この問題は対象会社における法律違反の問題であるため、直接の買主のみではなく、買主が会社を売却した相手方(転売先)による責任追及もあり得ます。近年の裁判例(東京地判平成31年3月22日、判タ1474号249頁)でも、そのような事例が確認されています。
2. M&A・事業承継実行後の責任追及を防ぐにはどうすべきか
それでは、M&A・事業承継の実行後に過去の法律違反について責任追及がなされないようにする上で、どのような対応策があるのでしょうか。
1つは、M&A・事業承継の最終契約において、買主が過去の法律違反につき、売主の役員としての責任を追及しない旨を規定するとともに、買主が対象会社をして売主の役員としての責任を追及させない旨を規定することが考えられます。
但し、最終契約にこのような規定を設けたとしても、最終契約の当事者でない直接の買主以外(転売先など)による責任追及を防ぐことはできません。
法律上、事前に株主総会・取締役会の承認を得ることとされていても、事後の承認を得ることで違反状態が治癒されるものもあります。そのため、セラーズDDを行い、買主によるDDの前に法律違反の有無・内容を確認し、治癒可能なものについては予め対応しておくことが有効な対応策となります。セラーズDDについてはこちらのコラムでも紹介しておりますので、ぜひご参照ください。
3. 買主側から訴訟を提起された場合
これからM&A・事業承継に取り組まれる方は上記2.に記載した対応策を講じることができますが、既にM&A・事業承継を実行された方がこれから対応策を講じることは難しいと思われます。
また、買主あるいは対象会社から過去の法律違反についての損害賠償訴訟などを提起された場合、売主としては対応せざるを得ません。この場合、形式的には法律違反の状態が認められるとしても、M&A・事業承継に関する交渉の中で、過去の法律違反については譲渡金額において考慮する(その代わりに損害賠償請求はしない)、といった合意がなされていることもあり得ます。
そのため、DDで提出した資料や譲渡金額に関する交渉経緯が分かる資料などは、万が一の場合に備えてお手元に保管しておくことをお勧めいたします。
4. まとめ
本コラムでは、M&A・事業承継の実行後の、過去の法律違反に関する役員への責任追及について解説させていただきました。
中小企業に限らず、M&A・事業承継は難易度が高いためリスクと隣り合わせの取引です。M&A・事業承継の実行後に想定していなかったトラブルに巻き込まれることも少なくありませんので、M&A・事業承継に取り組む際は、専門家に相談されることを強くお勧めいたします。
当事務所では多数のM&A・事業承継をサポートした経験を有する弁護士が、M&A・事業承継に関するトラブルについても対応しております。
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