弁護士コラム

弁護士コラム「【M&A・事業承継】売主に対するロックアップの考え方」が掲載されました。

2025.11.10

日本の中小企業は代表取締役が会社の全株式を保有する、いわゆる「オーナー企業」であることが多いところ、このようなオーナー企業のM&A・事業承継を実行する際には、売主である代表取締役に対してロックアップを行うか、行うとしてどのようなロックアップとするかが論点となります。

従来、この「ロックアップ」という用語は、会社が新規株式公開(IPO)を行う際、大株主などが、IPOから一定期間は市場で保有株式を売却しないことを意味するものとして使用されていました。近年では、M&A・事業承継の場面でもロックアップという用語が使われることが増えておりますが、IPOの際のロックアップとは意味合いが異なっています。

ロックアップは法律用語ではないので明確な定義はありませんが、①売主に対し、クロージング後も一定期間、対象会社の代表取締役や顧問などの地位で、対象会社の経営に関与しつつ、業務の引継ぎを行う義務を課すことに加え、②売主に対し、売主が対象会社の取締役や顧問などの地位から退いた後、対象会社の事業と競合する事業を行わない義務(競業避止義務)を課すことを、ロックアップと呼ぶことが多いと思われます。

なお、ロックアップと似た用語として「キーマン条項」というものがあります。キーマン条項にも様々な種類がありますが、売主に対するキーマン条項としては上記①のような、クロージング後も一定期間、何らかの形で売主が会社の経営に関与することを義務付けるものが一般的と思われます。

上記のように「ロックアップ」という言葉が多義的であることも一因となり、売主と買主との間でロックアップの理解が異なり、クロージング後にトラブルとなるケースが増えています。

そこで本コラムでは、M&A・事業承継の場面におけるロックアップの考え方について、ポイントを整理して解説させていただきます。

 

1. 売主に対するロックアップの必要性

通常、売主に対するロックアップは、買主がM&A・事業承継によって対象会社の経営権を取得した後、対象会社の企業価値が毀損されることを防ぐために設定されるものです。

オーナー企業においては、企業価値の大部分が売主のキャラクターや才能に依存していることがよくみられますが、売主に対して一切のロックアップを行わないとなると、極端な例とはなりますが、売主がクロージングの直後に新会社を立ち上げ、自らが保有するノウハウを用いて対象会社と同じ事業を営むことも可能となってしまい、これでは買主が著しく不利益を被ることになりかねません。

そのため、売主に対するロックアップが必要となる場合があることは確かですが、ロックアップをめぐるトラブルが増えている背景には、ロックアップの必要性と、ロックアップの内容の相当性(厳しさ)がバランスを欠いていることがあると考えられます。

さらに言えば、売主と買主との間にはM&A・事業承継に関する知見に差があり、知見の乏しい売主が、契約交渉の際にロックアップの厳しさを認識することなく、買主や仲介会社から提示されたドラフトにそのまま押印してしまうことも、トラブルが発生する要因ではないかと思われます。

 

2. 売主に対する適切なロックアップを行うためのポイント

M&A・事業承継の実行後にトラブルが生じないためには、ロックアップの内容は、売主・買主の双方が理解し、納得したものであるべきです。

そのためには、最終契約や経営委任契約の交渉において、以下の内容を含む必要な事項について、売主と買主が十分に協議する必要があります。

 

・クロージング後に売主が行う業務の内容(具体的な引継事項を含みます。)
・クロージング後、売主が業務を行う期間、更新の有無
・売主に対する報酬の有無、金額
・売主に対して競業避止義務を課す場合、「競業」に該当する事業の内容、競業避止義務の期間、地理的範囲
・クロージングから一定期間、売主が対象会社の取締役を辞任することを禁止する場合、辞任を禁止する期間や、どのような場合に辞任が認められるか

 

上記のうち、とりわけ競業避止義務については、売主の職業選択の自由に対する制限となるため慎重な検討が必要となりますが、M&A・事業承継の売主に対する競業避止義務の有効性に関する裁判例の蓄積が少ないこともあり、裁判所での争いとなった場合、過剰なものとして(一部が)無効と判断されるかについては、予測可能性が立ちづらい部分があります。

買主の立場からは、M&A・事業承継の対価を支払った以上は厳しいロックアップをかけて不利益を回避したいという動機があることは理解できますが、後でトラブルとなってしまっては意味がありませんので、売主に対してロックアップの必要性と、内容の相当性を説明できるかを念頭に置いて、契約交渉を行っていただきたいと思います。

 

3. まとめ

本コラムでは、M&A・事業承継における売主に対するロックアップの考え方について解説させていただきました。

M&A・事業承継の件数がこの10年間で大幅に増えたこともあり、残念ながらトラブルの件数も増えております。そして、ロックアップをめぐる紛争は典型的なM&A・事業承継トラブルの1つです。

仲介会社が関与するM&A・事業承継では、売主・買主が直接連絡を取り合うことが制限されるため、契約交渉の場面でも適切なコミュニケーションを行うことができず、最終契約の締結後に相手方から「こんな厳しい契約とは思っていなかった」と主張されるリスクが高くなります。

M&A・事業承継に関するトラブルを防ぐためには、最低でも契約交渉に関しては弁護士などの専門家からのアドバイスを受けるようにし、契約の内容やどのようなリスクがあるのかをしっかりと理解した上でプロセスを進めていく必要があります。

当事務所では、法律事務書及び証券会社の双方で多くのM&A・事業承継を手掛けた弁護士が、M&A・事業承継の実行に向けた支援や、M&A・事業承継トラブルに関する交渉を含め、中小企業のM&Aを全面的にサポートしております。事業承継・M&Aに関する初回相談は無料で承っておりますので、こちらのお問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

 

※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。

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