
株式会社レコフの調査によれば、2025年度における日本企業によるM&Aの件数は過去最多の件数とのことですが、今後もM&Aの件数の増加傾向は継続すると考えております。
一方で、企業のみでなく、個人でM&Aに取り組む方が増えることに伴って、M&Aの実行後のトラブルに関する相談も増えております。トラブルの内容によっては裁判に発展するケースもありますので、M&A契約の内容は慎重に検討する必要があります。
当事務所でもM&Aトラブルに関する裁判を取り扱っておりますが、M&A契約における「合意管轄」について、契約交渉の段階で適切な検討が行われなかった結果、一方の当事者が不利益を被るケースが見受けられます。
そこで本コラムでは、M&A契約における合意管轄の考え方について、当職の考え方を紹介させていただきます。
なお、本コラムではM&Aの当事者がいずれも国内に所在するケースを念頭に置いております。
1. 合意管轄の意味
はじめに、合意管轄の意味について説明させていただきます。
M&A契約に関する訴訟の多くは金銭の支払を求めるもの(M&A契約に基づく補償請求・損害賠償請求)ですが、当該訴訟は民事訴訟となります。そのため、民事訴訟法第4条第1項に基づき、被告の所在地を管轄する裁判所に対して訴訟を提起するのが原則となります。
もっとも、第一審の裁判所については当事者が書面又は電磁的記録により合意することで、管轄裁判所を予め定めることができます(民事訴訟法第11条)。このような合意に基づいて決定された第一審の裁判所、あるいはそのような合意に関する条項を「合意管轄」と呼んでいます。
M&A契約における合意管轄は、秘密保持義務や準拠法といった「一般条項」と呼ばれる契約の最後のセクションに規定されることが多いため、M&Aの当事者も強く意識していない可能性がありますが、合意管轄の検討を疎かにすると、以下で述べるように裁判となった場合、自らに不利になる可能性があります。
2. M&A契約における合意管轄の定め方(M&Aという取引の専門性・特殊性)
次に、M&A契約における合意管轄の定め方について紹介させていただきます。
当職がM&A契約の作成・修正等を依頼された場合、依頼者に強いこだわりが無い限りは、合意管轄については東京地方裁判所を第一審の「専属的」合意管轄裁判所をして規定します。いずれの当事者についても所在地が大阪であるといったケースでは、大阪地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とすることがありますが、合意管轄としては東京地方裁判所を選択されることを強くお勧めしております。
なお、上記の「専属的」という用語は他の裁判所(被告の所在地を管轄する裁判所など)を管轄から排除するという意味となり、通常は「専属的」合意管轄裁判所として規定することとなります。
そもそもM&Aという取引は極めて専門的なものであり、裁判官にとって、それほど馴染みがないものです。
もっとも、東京地方裁判所・大阪地方裁判所には商事事件を専門とする商事部が設置されており(M&Aに関する紛争が必ずしも商事部で審理されるものではありませんが)、他の裁判所と比較して、M&Aに関する紛争につき一定の知見があることを期待できるため、M&Aの実務からかけ離れた判断を下されるリスクが少ないことが、東京地方裁判所・大阪地方裁判所を専属的合意管轄裁判所として規定する理由となります。
当職が過去に経験したケースでは、合意管轄が東京地方裁判所・大阪地方裁判所ではない裁判所として規定されていたところ、担当した裁判所においてM&Aに関する知見が無く、M&A契約の初歩的な内容の説明から非常に労力を要したことがあります。
3. 合意管轄の定めにより不利益を被るケース
実際に東京地方裁判所・大阪地方裁判所以外の裁判所を合意管轄とすることで、どのようなデメリットがあるのでしょうか。
上述したとおり、M&A契約に関する訴訟の多くは金銭の支払を求める補償請求・損害賠償請求ですが、これらの請求については訴訟提起に先立ち、民事保全手続を呼ばれる裁判手続を行うことがあります。民事保全手続の代表例は預金や不動産などの仮差押えです。
民事保全手続を行う理由は、裁判で勝訴しても、相手方が自らの預金を第三者の預金口座に移動させたり、現金化して隠匿してしまうと金銭の回収が困難になるところ、例えば相手方の預金の仮差押えが認められれば、仮差押えの対象となった預金口座と金額の範囲では、相手方が自由に預金の引き出しなどを行うことができなくなり、裁判で勝訴した場合に回収が容易になるという大きなメリットがあります。
このような仮差押えなどの民事保全手続については、相手方がそれを認識してしまうと意味がありませんので、迅速かつ秘密裏に行う必要があります。
東京地方裁判所・大阪地方裁判所を合意管轄として規定しておけば民事保全手続についても当該裁判所に申し立てることができ、その場合にはスムーズな審理・安定的な判断を期待できる可能性が高いと考えています。
もっとも、東京地方裁判所・大阪地方裁判所ではない裁判所に民事保全手続を申し立てるとなると、担当する裁判所にM&A契約に関する知見が無く、スムーズな審理や、M&A実務に沿った判断がなされない可能性が、東京地方裁判所・大阪地方裁判所と比較して高まるというリスクがあります。
M&A契約に限らず、契約を締結する目的の1つは、当事者の合意内容を明確にし、紛争が生じるリスクを低減することにありますが、それでもなお紛争が生じてしまうことはあります。
そのため、万が一にも紛争が生じてしまう可能性を考慮し、M&A契約の合意管轄については東京地方裁判所あるいは大阪地方裁判所のいずれかを規定することを強くお勧めいたします。
4. まとめ
本コラムでは、M&A契約における合意管轄の考え方について、当職の考え方を紹介させていただきました。
M&A・事業承継の件数が増加傾向にある中で、仲介会社などが用意したM&A契約のドラフトにつき十分な検討を行うことなく締結してしまうと、M&Aの実行後にトラブルが生じるリスクは高くなります。
M&Aは本来、高度に専門的な取引であることを念頭に、M&A契約については弁護士などに相談し、リスクを把握し、納得した上で締結することが重要です。
また、トラブルが生じる可能性をゼロにすることは難しいため、そのような可能性に備えて合意管轄についても十分に検討し、ご自身・相手方の所在地が●●県なので合意管轄についても●●県の地方裁判所にする、といった定め方は避けた方がベターと考えております。
当事務所では紛争・トラブルを含め、M&A全般についてアドバイスを差し上げておりますので、M&Aに関するトラブルでお悩みの場合、以下のお問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。

