弁護士コラム

弁護士コラム「個人事業主によるM&Aのポイント」が掲載されました。

2021.10.15

これまでは、M&Aといえば法人が営む事業の価値に注目して行われるものが一般的でしたが、近年では法人ではなく個人が営む事業を対象とするM&Aが急激に増えてきております。この背景には、残業時間規制に伴う副業の解禁、固定資産や従業員を必要としないビジネスモデルの台頭、M&Aのマッチングを行うプラットフォームの開発など、様々なものがあるかと思われ、個人事業主が営んでいる事業を対象とするM&Aは今後も増加傾向が続く見込みです。

一方で、M&Aの対象事業を個人が営んでいるために、留意しなければならない点もあります。

本コラムでは、個人事業主が自ら営んでいる事業をM&Aで譲渡する際に、特に注意すべき点について解説させていただきます。

 

1. 個人事業主によるM&Aの手法

法人が売主となるM&Aにおいては、株式譲渡、合併、会社分割、株式交換、株式移転、株式交付、事業譲渡といった一点のM&Aの手法の全てが選択肢となり得ます。

しかしながら、個人事業主が売主となるM&Aでは、事業譲渡(営業譲渡)が唯一の選択肢となってしまいます。

M&Aの手法にはそれぞれ長所・短所がありますので、事業譲渡が必ずしも不利という訳ではないものの、事業譲渡の手続は株式譲渡などと比較すると複雑で、また契約書の内容も細かく取り決める必要がありますので、場合によっては法人化した上でM&Aを実行することも選択肢となり得ます。

もっとも、個人事業主が売主となるM&Aで、譲渡対価が数億円規模になるようなケースは現状ではそれほどないと思われますので、通常は法人化することなく、事業譲渡の形でM&Aを行うことで足りるでしょう。

 

2. 事業譲渡契約の注意点

上記のとおり、個人事業主が売主となるM&Aでは事業譲渡を利用することになりますので、買主との間で事業譲渡契約を締結することになります。

事業譲渡契約においては買主に承継する権利義務を特定する必要がありますが、個人事業主の場合、事業に関する権利関係とプライベートの権利関係が明確に区分されていないケースが少なくありません。例えばプライベートと事業の双方で同じ携帯電話を利用していたり、自宅をオフィスにも使用しているといった状況です。

そのため、事業譲渡契約において、事業譲渡で買主に承継する権利義務を記載する際に、「事業に関する一切の権利義務」のような抽象的な記載をしてしまうと、売主が想定していなかった権利まで買主に移転してしまう結果となりかねません。

M&Aプラットフォームが提供している雛形にも上記のような抽象的な記載のものがあるようですが、承継する権利義務は細かく特定することが必要となります。

また事業譲渡契約においては、売主が契約に違反した場合などに買主に対して負担する責任(損害賠償等)について規定することが通常ですが、売主の責任について上限や期間を定めていないケースが見受けられます。

売主が個人である以上、責任の上限・期間を定めておかなければ、M&Aの実行後、長期間にわたり個人として責任を負うリスクを抱えることになりますので、この点もご注意ください。

 

3. 事業譲渡の手続

次に事業譲渡を実行する際の手続ですが、まず個人事業主が監督官庁から許認可を取得している場合でも、その許認可を事業譲渡で買主に承継できるケースは多くありません。

そのため、対象事業を営む上で許認可が必要な場合には、買主が既に当該許認可を保有している場合を除き、事業譲渡の実行日に合わせて買主の方で当該許認可を取り直すことになります。

また、取引先との契約については、買主が契約を承継することについて、取引先から個別に同意を取得する必要があります。そのため、かかる同意書面を事業譲渡の実行日までに取得することを、事業譲渡契約において売主の義務として規定することが通常です。

従業員との雇用契約については、①売主との間の既存の雇用契約を一度解消し、買主が新たに従業員と雇用契約を締結しなおすパターンと、②売主との間の既存の雇用契約を買主がそのまま承継する(契約上の地位の移転)パターンがありますが、より柔軟に対応できる①のパターンを用いることが多いと思われます。

もっともいずれのパターンを用いるとしても、従業員の同意を得ることは必須である点にはご留意ください。

その他、具体的な案件の性質に応じて必要な手続については、売主・買主の双方が契約書に沿って履行することになります。

 

4. まとめ

本コラムでは、個人事業主が売主となるM&Aについて、特に注意すべき点を解説させていただきました。

個人事業主が当事者となるM&Aは今後も増えていくことが予想されますが、その規模が比較的小さいこともあり、専門家の関与なく進められるケースも多いと思われます。そのような場合でも上述した重要なポイントにはご注意いただき、M&Aの実行後に問題となることがないよう進めていただければと思います。

個人事業主が売主となるM&Aは、売主個人が直接的な責任を負うという点で法人が売主となるM&Aとは大きく異なりますので、不安な場合には弁護士などにご相談されることをお勧めいたします。

 

※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。

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