一昔前までは事業承継というと、経営者が保有する株式と会社の代表者としての地位をご親族や従業員に対して譲り渡すというイメージが一般的でしたが、近年では第三者に対してM&Aの手法により事業承継を行うケースが非常に増えています。
M&Aによる事業承継は、経営者が大きな経済的利益を享受できる可能性があるというメリットがありますが、M&Aは取引行為ですので、場合によっては第三者との間でトラブルとなることもあります。
本ウェブサイトでは、これまでにM&A・事業承継に関する様々なトピック・論点を紹介させていただいておりますが、改めてM&Aによる事業承継の進め方について取り上げたいと思います。
1. M&Aによる事業承継のプロセスの全体像
はじめに、M&Aによる事業承継がどのようなプロセスで進むかについて説明させていただきます。案件の規模などによって省略されるものもありますが、売主の立場からは、M&Aによる事業承継は以下の順序で進むことが一般的です。
①アドバイザーの選定
②買主候補の探索:ティーザーの配布
③買主候補との秘密保持契約の締結
④インフォメーション・メモランダム、事業計画の作成、買主候補への配布
⑤買主候補による初期的なデュー・ディリジェンス(ビジネスに関する質問、売主との面談など)
⑥買主候補による初期的な意向表明書の提出
⑦売主による買主候補の選定
⑦買主候補によるデュー・ディリジェンス
⑧買主候補による最終意向表明書の提出、売主による最終意向表明書の内容の検討
⑨契約の作成・交渉
⑩契約の締結
⑪M&Aの実行に向けた準備
⑫M&Aの実行
上記①のとおりアドバイザーの選定はM&Aのプロセスの最初に行うものとしておりますが、これは(1)アドバイザーが主体となって上記②以下のプロセスを主導することが望ましいこと、(2)アドバイザーの費用が成功報酬の場合、アドバイザーを最初から入れても途中から入れても負担する費用が同じ、という理由に基づくものです。
なお、アドバイザーの具体的な役割は、下記2.で説明させていただきます。
2. M&Aを進める上で必要となるアドバイザーの役割
M&Aを進める上では、弁護士、公認会計士、税理士、社労士、フィナンシャル・アドバイザー(FA)などを、必要に応じて選定することになります。
売主の立場から見た場合、各アドバイザーの具体的な役割は以下のとおりです。
♦ 弁護士:会社の法務に関するリスク分析、契約の作成、契約交渉、M&A実行に向けた準備のサポート
♦ 公認会計士:事業計画の作成、会社の会計に関するリスク分析
♦ 税理士:M&Aによる税負担のシミュレーション、会社の税務に関するリスク分析
♦ FA:プロセス全体の主導、買主候補の探索、事業計画の作成に加え、全般的なサポート
なお、M&A仲介会社の役割は主に買主候補の探索となりますが、仲介会社は売主・買主の双方から報酬を受領する関係で、契約交渉などを行うことはできません。
3. M&Aにまつわる代表的なトラブルとその原因
最後に、M&Aにまつわる代表的なトラブルと、トラブルが発生する原因について紹介させていただきます。
(1) 買主からの表明保証違反に基づく補償請求
M&Aの契約においては、売主が会社に関する表明保証を行うことが一般的です。そして、売主が表明保証に違反したことによって買主が損害を被ると、買主は売主に対して補償請求を行うことができるようになっていることが通常です。
表明保証、あるいは補償請求を契約に規定しないことはイレギュラーな対応となり買主が応諾する可能性が低いため、補償請求を受けるリスクを下げるためには、契約において表明保証の範囲を狭める、あるいは補償請求の金額や期間について制限を設けるといった対応が必要となります。
(2) いわゆる経営者保証が解除されない
M&Aにまつわるトラブルとして最近特に問題になっているものの1つに、M&Aの実行後も経営者保証が解除されないというものがあります。
これは、会社の金融機関からの借入などの債務について売主が個人で連帯保証人となっている場合(これを「経営者保証」と呼びます。)、M&Aの実行により売主が代表取締役の地位を退くことに伴って、経営者保証も解除されることを約束していたにもかかわらず、いつまでたっても解除されないという問題です。
その結果、M&Aの実行後に会社が借入金の返済をできなくなった場合には、既に代表取締役でないにもかかわらず、売主が会社の借入金の返済を行う必要が生じるという、不合理な事態が生じます。
このような事態となる主な原因は、M&Aのプロセスを主導するアドバイザーが経営者保証の解除に必要な条件や手続に関する知見を有しておらず、単に契約で「M&Aの実行後、買主は売主の経営者保証を解除する(努力)義務を負う」と規定すればよい、と考えてしまうためです。
経営者保証を解除するかどうかは金融機関などの債権者が判断する事項であり、債権者は契約内容に拘束されないため、契約の規定だけでは「片手落ち」の状態となります。
アドバイザーとしては、プロセスの初期の段階から売主が経営者保証を行っている債務の債権者とコミュニケーションを取り、どのような条件であれば経営者保証が解除されるか、場合によっては経営者保証ガイドラインを活用した金融機関との交渉などを行う必要があります。
(3) 買主に対する引継業務がいつまでも終わらない
買主から依頼を受けて、M&Aの実行後に引継業務を行うことになったものの、引継業務がいつまでも終わらないというのも典型的なトラブルの1つです。
買主あるいは会社から売主に対して引継業務に対する報酬が支払われず、また買主から会社に対して引継ぎを行う人材の派遣すら行われないこともあります。
このようなトラブルが生じるケースでは、いわゆる「経営委任契約」と呼ばれる契約が締結されず、売主が行う引継業務の内容、期間、報酬の有無・金額が明確にされていないことが大半です。
経営委任契約についてはこちらのコラムでも解説しておりますので、ぜひご参照ください。
4. まとめ
本コラムでは、M&Aによる事業承継の進め方、アドバイザーの役割、代表的なトラブルについて解説させていただきました。
M&Aによる事業承継は金銭的なメリットの点で魅力的ですが、反対に売主が負うリスクも大きいため、慎重にプロセスを進める必要があります。
当事務所では、M&Aによる事業承継を多数サポートし、プロセスを熟知した弁護士が、プロセス全体のサポートや、M&A契約の作成、買主との契約交渉を含め、売主をサポートしております。
M&Aによる事業承継でお悩みの際は、こちらのお問い合わせフォームよりご連絡をいただけますと幸いです。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。