医療法人を対象とするM&A(以下「医療法人M&A」といいます。)に関する相談の件数は年々増加しており、特にこの数年で急激に増えている印象を受けます。
医療法人M&Aは、株式会社を対象とするM&Aとは異なり、株式譲渡のようなシンプルなスキームが存在しないのみでなく、医療法に基づく剰余金の配当禁止に留意しなければならないなど、もともと専門的な知識が求められるM&Aの中でも、高度な専門性が要求される取引です。
医療法人M&Aの基礎や、医療法人M&Aにおける最終契約については他のコラムでも紹介しておりますが、本コラムでは、医療法人M&Aにおける主要論点の1つである、MS法人の扱いについて解説させていただきます。
1. MS法人の扱いが論点となる背景
MS法人が設立される目的は様々ですが、医療法人と取引を行い、利益を上げているものが一般的です。MS法人が医療法人との取引で利益を上げること自体は禁止されていませんが、冒頭に記載した剰余金の配当禁止の趣旨がMS法人の取引にも及ぶことなどを踏まえ、MS法人と医療法人との取引には一定の制約があります。
それでは、MS法人との取引がある医療法人を対象としたM&Aを検討する際、MS法人についてはどのように考えればよいのでしょうか。
医療法人の買収/売却と同時に、MS法人についても買収/売却するというのが1つの考え方です。反対に、MS法人は買収/売却の対象から除外するという考え方もあります。
例えば、MS法人と医療法人との取引に代替性がある場合には、医療法人のみを買収/売却の対象とすることでもM&Aは成立しますが、残念ながらこの論点をこのように単純化することはできません。
というのは、医療法人M&Aにおいては「売主が譲渡対価をどのように受領するか」という別の主要論点があるところ、MS法人をどう扱うべきかについては、この論点と密接に関係しているためです。
一例として、定款に持分の定めのない医療法人のM&Aでは、①社員の変更、②役員の変更と、③退職慰労金の支払というスキームが採用されることが多いのですが、税務上許容される退職慰労金の金額には上限があり、そのため退職慰労金の支払のみでは当事者が合意した譲渡対価を充足しないことがあります。この場合に、上記①・②の社員・役員の変更を行うことに対して対価を支払うとなると、これが贈与に該当し、売主側がリスクを負う可能性があります。このような問題があることから、医療法人M&Aにおいては「売主が譲渡対価をどのように受領するか」という論点が生じることになります。
ここで話をMS法人の扱いに戻すと、退職慰労金の支払のみでは当事者が合意した譲渡対価を充足しない場合に、MS法人の株式譲渡においてこの点を考慮することが可能であれば、MS法人を買収/売却の対象に含めるべきとなります。
但し、MS法人の株式譲渡代金については「時価」であれば税務上の問題は生じないところ、MS法人の客観的な価値とあまりにも乖離した金額を株式譲渡代金とすると、それが「時価」と認められない点には留意する必要があります。
2. MS法人の扱いを決定する上での考慮要素
上記のとおり、医療法人のM&Aにおいて、MS法人を買収/売却の対象に含めるか否かについては慎重な検討が必要となりますが、その検討を行う上での考慮要素としては、以下のようなものがあります。
・医療法人M&Aのスキーム
・M&Aの対価の支払方法
・退職慰労金の上限
・医療法人とMS法人の取引の内容、当該取引の代替性の有無
・MS法人の資産及び負債(医療法人が使用している不動産の所有者がMS法人であるか等)
・MS法人の従業員の医療法人への出向の有無
上に記載したものほど重要性が高いですが、当事務所がサポートする案件では、これらの点を総合的に考慮し、税務上のリスクを踏まえてMS法人の扱いを決定しております。
3. まとめ
本コラムでは医療法人M&AにおけるMS法人の扱いについて解説させていただきました。
M&Aに関するトラブルが増加していることは報道等でご存じかと思われますが、医療法人M&Aは一般的なM&Aよりも専門性が高く、思わぬところにリスクが潜んでいます。
法令を遵守し、リスク分析を適切に行えば、想定外のトラブルに巻き込まれることは回避できますので、医療法人のM&Aを検討中で、専門家によるサポートをご検討中の方は、こちらのお問い合わせフォームよりご連絡をいただけますと幸いです。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。