弁護士コラム

弁護士コラム「インフレ・金利上昇と非上場会社の株式価値」が掲載されました。

2026.07.24

最近では、M&A・事業承継を検討中の中小企業の経営者の方から、インフレや金利の上昇が、非上場会社の株式価値(譲渡価格)にどのような影響を与えるのかというご質問をいただく機会が増えています。

日本では長らく、いわゆる「金利の無い時代」が続いていましたが、日銀は20243月にマイナス金利政策を解除し、その後も段階的な利上げを続けており、政策金利は202512月に0.75%程度、20266月には1.00%程度へと引き上げられ、長期金利も2%台後半で推移しています。

また、円安・中東情勢の影響などで物価も緩やかな上昇が続いております。

このようなマクロ環境の変化は、M&A・事業承継の局面における非上場会社の株式価値にも影響を及ぼすものと考えられています。

そこで本コラムでは、インフレーションと金利上昇が非上場株式の価値評価にどのような影響を与えるのか、当職の私見を紹介させていただきます。

 

1.  非上場株式の株式評価手法の整理

はじめに、非上場株式の評価手法について整理したいと思います。非上場株式の評価手法は、3つに分類されることが一般的です。

まず、将来のキャッシュ・フローを一定の割引率で現在価値に引き直すインカム・アプローチ(DCF法など)があります。

次に、上場している同業他社の株価倍率を用いて評価するマーケット・アプローチ(類似会社比較法など)があります。

そして、貸借対照表上の資産・負債を時価に評価し直して株主価値を算定するコスト・アプローチ(時価純資産法など)があります。

実務上は、上記の手法のいずれか1つのみではなく、株主の変更による事業の継続性や、対象会社の事業内容・規模に応じてこれらの手法を組み合わせ、あるいは併用して評価を行うことが一般的です。

金利やインフレの影響は、上記のいずれの手法にも及びますが、その現れ方はそれぞれ異なります。

 

2. 金利上昇が株式価値に与える影響

まず、金利上昇の影響が最も直接的に表れるのは、DCF法における割引率です。

割引率は、リスクフリーレート(長期国債利回り)を出発点として算定されるため、長期金利の上昇はそのまま割引率の上昇につながります。

割引率が上昇すれば、同じ将来キャッシュ・フローであっても現在価値は小さくなり、株式価値は下方に押し下げられます。

特に、成長期の会社のように将来の遠い時点のキャッシュ・フローが価値の大部分を占める場合、割引率の上昇による下押し圧力は大きくなります。

また金利の上昇は、金融機関からの借入れなどの有利子負債のある会社では、支払利息の増加により、純利益とフリー・キャッシュ・フローが圧縮されます。

さらに、買収資金の調達コストが上昇することで、買主が支払える価格の上限が下がるという実務上の影響も生じます。

買収資金の大部分を借入れにより調達するLBOMBOのストラクチャーでは、この影響が特に顕著に現れます。

 

3. インフレが株式価値に与える影響

次にインフレについては、金利上昇とは異なり、その影響は必ずしも一方向ではありません。

まず、販売価格への転嫁力が高い会社であれば、物価上昇に伴って売上高も名目ベースで増加し、キャッシュ・フローの拡大につながります。

もっとも、原材料費や人件費の上昇を価格に転嫁できない会社では、利益率が圧縮され、株式価値は低下する方向に働きます。

すなわち、顧客との関係での価格決定力の有無が、インフレが株式価値にどのような影響を与えるかを分けると考えることもできます。

また、売掛金や在庫といった運転資本の必要額が増加すると、その分フリー・キャッシュ・フローが減少する点にも注意が必要です。

設備投資についても、設備の再取得価額が上昇するため、従来と同水準の生産能力を維持するだけでも投資負担が重くなり、フリー・キャッシュ・フローが減少する要因となります。

 

一方で時価純資産法においては、対象会社の保有する不動産等の含み益が拡大し、評価額が上振れする場合があります。なお仲介会社などが関与する案件でよく用いられる年買法(年倍法)は、「時価純資産+営業利益の数年分」という計算式を用いて株式価値を算定しますので、この場合も同様に考えられます。

このように、インフレによる株式価値への影響は、対象会社の事業の性質や保有資産の構成によって異なると考えられます。

 

4. インフレ・金利の上昇を踏まえた対応策

今後、日本でも金利が上昇するというシナリオを持たれる場合には、上記2.のとおり、割引率の上昇による、買主の資金調達環境が厳しくなること等による、株式価値への負の影響が想定されるため、売主としては早めに検討を開始することが有効となります。

また、金利上昇やインフレといった将来の予測困難な事象が原因で価格交渉が難航する場合には、対象会社の将来の業績に応じて対価を追加的に支払う、いわゆるアーンアウト条項の活用も選択肢となり得ます。

株式価値は、法的な検討事項というよりは経済条件の側面が強いものの、折り合いがつかない場合に契約内容を工夫することで解決できる余地があります。そのような観点からは、株式価値に関しても早いタイミングから弁護士・公認会計士等の専門家に相談し、想定される論点を整理しておくことをお勧めいたします。

 

5. まとめ

本コラムでは、インフレと金利上昇が非上場会社の株式価値に与える影響について、当職の私見を紹介させていただきました。

金利上昇は、割引率の上昇や買主の資金調達コストの上昇を通じて株式価値を押し下げる方向に働きます。他方でインフレの影響は、対象会社の顧客に対する価格転嫁力や、保有資産の構成によって異なり、一律に「こうなる」というものではありません。

今後のマクロ環境の変化や、自社の株式価値がどのような要因に左右されるのかを予め把握しておくことは、M&A・事業承継の準備として非常に有用と思われます。

当事務所では、証券会社で企業価値評価のサポートを行った経験を有する弁護士が、中小企業のM&A・事業承継を多数サポートしており、公認会計士・税理士とも連携し、株式価値評価に関するご相談にも対応しております。

初回のご相談は無料ですので、M&A・事業承継についてお悩みの経営者様は、お気軽に当事務所までお問い合わせください。

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本コラムの著者

弁護士 八木 啓介(東京弁護士会所属)
大手法律事務所のM&Aチームに加え、2016年~2017年にかけて野村證券株式会社企業情報部にてフィナンシャル・アドバイザー(FA)として勤務し、多数のM&A・事業承継の実行を支援。弁護士とFA双方の実務経験を活かし、特に売主側でのM&A・事業承継支援を得意とする。これまでのM&A・事業承継の案件実績は250件以上で、医療法人のM&A・事業承継の支援実績も多数。
執筆・メディア実績:『M&A実務の基礎』(商事法務)、日本経済新聞『悪質M&A、表明保証に注意』、週刊東洋経済『中小M&A急増で相次ぐトラブル』など
最終更新日:2026年7月24日
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