2020年4月以降、新型コロナウイルス感染症による経済活動への影響は拡大し、多くの企業において業績が悪化しております。その結果、検討段階であったM&Aが中断されたのみでなく、既に契約が締結されたM&Aのクロージングが実行されないといった動きも見られます。
M&Aにおいて、契約締結後に対象会社の業績が悪化したとしても、買主が一方的に買収価格を下げたり、買収そのものを中止することはできませんが、買主がMAC(Material Adverse Change)条項(MAE(Material Adverse Effect)条項と呼ばれることもあります。)の適用を主張し、クロージングを行わないといったケースが生じてくることが考えられます。
それでは、MAC条項はどのような場合に適用されるのでしょうか。
1. MAC条項とは
MAC条項は典型的には、株式譲渡契約などのM&A契約において、「契約締結日からクロージングまでの間に、対象会社の事業、資産、負債又はキャッシュフローに重大な悪影響を及ぼす事由(MAC事由)が生じていないこと」を、買主の義務履行の前提条件として規定する形で利用されます。
M&A契約でMAC条項が規定された場合、クロージングまでに対象会社にMAC事由が生じた場合には、買主はクロージングする義務を負わない、すなわち買収価格の支払いを含む買主の義務を履行しないという選択が可能となります。
なお、M&A契約における売主の表明保証条項において、「対象会社の計算書類に重大な悪影響を及ぼす事由が生じていない」ことが規定される場合がありますが、このような規定も間接的にMAC条項と類似の機能を果たします。そのような規定が設けられた場合にMAC事由が生じると、売主の表明保証違反が生じ、「売主の表明保証が真実かつ正確であること」という前提条件が満たされない結果、買主は義務を履行しない選択をすることが可能となるためです。
2. 新型コロナウイルス感染症とMAC条項
それでは、新型コロナウイルス感染症の影響で対象会社の業績が悪化した場合に、MAC条項の適用を主張することは可能なのでしょうか。
結論としては、業績が悪化したことをもって直ちにMAC条項が適用されるわけではなく、①MAC条項の文言がどのように定められているか、②対象会社の業績悪化の原因となった具体的な事実関係の双方を検討しなければなりません。
新型コロナウイルス感染症の影響は極めて大きいため、MAC条項が適用されるのでは、と考えること自体は誤りではありませんが、MAC条項はあくまで契約条項の1つであり、他の条項と同じく具体的な事実関係に基づいた検討が必要となります。
なお、日本においてMAC条項の適用の可否が問題となった裁判例として、東京地裁平成22年3月8日判決(判時2089号143頁)が存在します。当該裁判例においては、営業利益の悪化自体はMAC事由に該当せず、MAC事由に該当するのは財政状態に悪影響を及ぼす具体的な事実であり、また、社会的な不動産市況の下落等の一般的普遍的な事象に伴うものはMAC事由に該当しないとされており、MAC事由は限定的に解釈されています。
但し、当該裁判例はMAC条項に関する一般論を示したものではなく、あくまで当該事件におけるMAC条項の適用の有無を判断したに過ぎない点には注意が必要です。
3. まとめ
新型コロナウイルス感染症による影響が収束しない場合、既に契約が締結されているM&Aにつき、MAC条項の適用の可否をめぐって争いが生じる可能性がありますが、MAC条項が適用されるためにはいくつかのハードルを越える必要があります。そのため、対象会社の業績が悪化した場合でも、直ちにMAC条項の適用を主張するのではなく、買収価格の再交渉を行うといったことも選択肢として考えられます。
また、これからM&A契約を締結される場合には、MAC条項をより具体的な内容(MAC事由を特定したり、「重大な悪影響」を数値化するなど)とし、後日MAC条項の適用をめぐって紛争が生じるリスクを低減しておくことが望ましいと考えます。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。
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