一昔前までは、事業承継・M&Aの実行により経営者が会社の経営権をご親族や第三者に承継させると、その経営者(以下では「(前)経営者」と表記します。)は会社経営から引退し、ビジネスに関与しないというのが通常の考え方でした。
しかしながら、典型的には中小企業のカリスマ社長のように、会社のビジネスの大部分が経営者の手腕に依存しているケースも少なくないため、事業承継・M&Aの実行後も(前)経営者が一定期間、経営をサポートするような形で会社に残ることが増えてきております。
以前のコラム「M&A・事業承継と経営委任契約」でも経営委任契約について解説させていただきましたが、経営委任契約についてのお問い合わせをいただくことが増えておりますので、本コラムでは経営委任契約のモデル条項について紹介するとともに、その内容を解説させていただきます。
なお、経営委任契約は具体的な場面に応じて内容をアレンジする必要がありますので、本コラムで取り上げる条項は典型的なものとなります。
1. 経営委任
・経営委任のモデル条項
第●条(経営委任)
後継者は、本契約の各条項に従い、本契約の有効期間中、(前)経営者に対し、対象会社の[役職名]として、法令、本契約、対象会社の定款その他の内部規則に従って、善良なる管理者の注意をもって忠実に職務を遂行することを委任し、(前)経営者はこれを受任する。
この経営委任の条項は、事業承継・M&Aの実行後、(前)経営者がどのような形で会社経営に関与するのかを規定するものになります。
形式的なところでは(前)経営者の役職を平取締役にするのか、あるいは会長・顧問といったいわゆる「名誉職」にするのかといった点、実質的なところではビジネスの引継ぎや経営委任の期間について定めることが一般的です。モデル条項では概要のみを定める形にしておりますが、細かいものだと事業計画の達成に向けた義務などを定めるケースもあります。
2. 競業避止義務
・競業避止義務のモデル条項
第●条(競業避止義務)
(前)経営者は、対象会社の[役職名]を退任(任期満了、辞任、解任等、退任事由の如何を問わない。)した後●年を経過するまでの間、後継者の事前の書面による同意を得ない限り、自ら又は第三者をして、直接又は間接に、対象会社が現に営んでいる事業と直接又は間接に競合する事業を営んではならず、また営ませてはならない。
経営委任契約の終了後の(前)経営者の競業避止義務も、経営委任契約において規定されることが通常です。
競業避止義務の期間や、地域の制限の有無について交渉となることが多いですが、競業避止義務の内容として、モデル条項のように対象会社が現に営んでいる事業と競合する事業を営んではならない、というものに加えて、競合他社への資金提供・アドバイザーへの就任なども禁止することもあります。
但し、競業避止義務については職業選択の自由との関係で、あまりに厳しい内容だと裁判所が無効と判断することもありますので、注意が必要です。
3. 勧誘禁止
・勧誘禁止のモデル条項
第●条(勧誘禁止)
(前)経営者は、対象会社の[役職名]を退任した後●年を経過するまでの間、後継者の事前の書面による同意を得ずに、自ら又は第三者をして、直接又は間接に、対象会社の役員又は従業員に対して、雇用の申込み、退職の勧誘、引抜き行為及びこれに類する一切の行為を行ってはならない。
勧誘禁止とは、(前)経営者が経営委任契約の終了後に対象会社の主要な役員・従業員などを引き抜くことで、対象会社の事業に影響を生じさせるような事態を防ぐための規定になります。
競業避止義務と類似の規定ではありますが、競業避止義務では、例えば(前)経営者が競合他社に従業員を引き抜くことは禁じられていないため、勧誘禁止の規定を設けることになります。
4. まとめ
本コラムでは、経営委任契約のモデル条項の一部について解説させていただきました。その他の経営委任契約のモデル条項については、次回のコラムで紹介させていただく予定です。
ご留意いただきたいのは、経営委任契約についてはいわゆる「雛形」ではなく、ケースに応じた適切な内容のものを利用していただきたい、という点です。
(前)経営者としては引退後のお手伝いのような気持ちで気軽に経営委任契約に応じたところ経営委任契約の内容がかなり厳しい内容で、「こんなつもりではなかった」という事態にならないためにも、経営委任契約の内容はきちんと確認しておく必要があります。
当事務所は、経営委任契約の確認を含め、事業承継・M&Aに関するご相談については紹介相談を無料で承っておりますので、お気軽にご相談いただければ幸いです。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。