これまで、M&Aというと主に大企業が事業戦略の一環として取り組んでいるイメージが強かったかと思われますが、スタートアップのオーナーによる株式譲渡や、個人事業主による事業譲渡など、大企業のM&Aに比べると規模は小さいものの、M&Aが利用される場面が非常に増えています。
また、後継者不足により、会社を親族内で承継することが難しくなったため、社外の第三者への事業承継も増えており、これもM&Aの一種と考えられます。
M&A仲介会社やM&Aマッチングプラットフォーム業者の出現も、このようなM&A・事業承継の件数増加の流れに寄与していますが、M&A・事業承継の増加に伴い、残念ながらこれらに関するトラブルも増えているのが実情です。
そこで本コラムでは、M&A・事業承継の実行後のトラブルに焦点を当てて、典型的なトラブルについて紹介いたします。
1. 契約内容の不備・記載漏れ
M&A・事業承継の実行後のトラブルとして最も多いのが、契約内容の不備や記載漏れとなります。
M&A・事業承継に関する契約は、大きく見れば株式や事業の「売買」ではあるものの、売主の責任をどのように規定するか、またM&A・事業承継の実行後に双方が行うべき事項をどのように規定するかなど、通常の売買契約には見られない規定が多数存在します。
M&Aマッチングプラットフォームを利用した場合のように、最初から最後までアドバイザーなどの第三者が全く関与せずにM&Aを実行できてしまうと、契約についても雛形をそのまま利用し、当事者間では合意していたはずの重要な事項が契約に規定されていない、あるいは規定されていても曖昧な表現になっていて機能しない、といった事態が生じ得ます。
加えて、我が国においてはM&A・事業承継について経験と知識を有する弁護士が少ないため、M&A・事業承継の専門家ではない弁護士に契約の作成を依頼した結果、当事者が想定している内容が契約に規定されていないこともあり得ます。
もちろん、契約内容に不備があっても問題なくM&A・事業承継が実行されることもあり、常にトラブルが生じるわけではありませんが、トラブルが生じた後に契約を読み返すと、しっかりした内容の契約になっていなかった、というご相談が多いのも事実です。
2. 表明保証の違反
上記1.に記載したとおり、M&A・事業承継に関する契約においては、一般的な契約には見られない規定が多数存在しますが、その1つが「表明保証」です。
表明保証とは、契約の当事者に関する事実関係や、M&A・事業承継の対象となっている会社・事業に関する事実関係について、相手方に対してそこに記載された事実が真実であることを保証する旨の規定です。
表明保証の記載は、個別の契約によって網羅的なものから限定的なものまで様々であり、M&A・事業承継の専門家である弁護士が売主・買主のアドバイザーとして付いている場合には、契約交渉の一環として、表明保証の記載についてもやり取りが行われることが一般的です。
もっとも、M&A仲介会社などが利用している雛形では、表明保証の記載が網羅的になっていることが通常です。
そのため、当事者(特に売主)が、M&A・事業承継の専門家である弁護士に契約のレビューを依頼せず、雛形のまま契約を締結してしまうと、買主に対して網羅的な表明保証を行うことになり、M&A・事業承継の実行後、表明保証した内容と事実が異なっていることを理由に、買主から損害賠償を求められるケースがあります。
どのような範囲で表明保証をするか、また表明保証からの除外事由をどのように規定するかは個別の案件により異なりますので、後にトラブルが生じないよう、専門家である弁護士へレビューすることをお勧めします。
3. オーナーの個人保証の解除
個人事業主の場合には個人での借入れとなりますので、基本的には法人のM&A・事業承継に限られますが、金融機関からの借入れに際して会社のオーナーが個人で連帯保証人となったり、保有資産を担保として提供していることが多く見られます。
M&A・事業承継でオーナーが交代する際には、このような旧オーナーの個人保証は解除し、新たなオーナーが保証人となる、あるいは個人保証の代わりに担保となる資産を提供することが公平と考えられますが、当事者間でそのような合意がなされていて、かつ契約にその旨が記載されていても、旧オーナーの個人保証が解除されない事態が生じ得ます。
というのは、個人保証はM&A・事業承継を行う当事者間の問題であるのみでなく、金融機関との間の問題でもあるためです。
M&A・事業承継に関する契約は、売主・買主を法的に拘束するものの、契約の当事者でない金融機関を何ら拘束するものではありませんので、個人保証の解除につき契約で適切な内容を規定したとしても、金融機関との関係では意味がありません。
旧オーナーの個人保証の解除については、例えば売主が「M&A・事業承継の実行前に個人保証を外してほしい」ということを希望するのであれば、契約を締結する前の段階から金融機関に相談し、どのような条件(新オーナーが連帯保証人となる必要があるか等)であれば解除されるのかを確認した上で、その内容を契約に規定する必要があります。
M&A・事業承継の実行後にはじめて金融機関に旧オーナーの個人保証の解除について相談したところ、金融機関に断られてしまったというご相談も少なくありませんので、売主の個人保証の処理については慎重に進める必要があります。
旧オーナーにとって、M&A・事業承継の実行に伴い個人保証が解除されることは当然のことと考えがちですが、トラブルとなることが多いため、上記の点にはご留意ください。
4. まとめ
本コラムでは、M&A・事業承継にまつわるトラブルのうち、M&A・事業承継の実行後の典型的なトラブルについてご紹介させていただきました。
なお、本コラムの内容に関連するものとして、「M&A・事業承継の実行後に契約を解除できるか」という点については、こちらのコラムをご参照ください。
M&A・事業承継は、M&A仲介会社の広告などの影響もあり、以前よりも取り組むことへの心理的なハードルは下がっているように思われますが、非日常的な取引であり、専門家のサポートが必要であることに変わりはありません。
M&A・事業承継に関するトラブルで当事務所にご相談に来られる方の中には、契約の締結後に問題を認識して来られる方もおられますが、一度契約を締結してしまうと、その内容に拘束されますので、問題への対処のハードルが高くなってしまいます。
M&A・事業承継は高度に専門的な取引ですので、後にトラブルとなることを避けるためにも、遅くとも契約を締結するまでに専門家に相談されることをお勧めいたします。
当事務所では、M&A・事業承継に関する初回相談は無料で承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。