中小企業の経営者の皆様が事業承継について考えるとき、最初に頭に浮かぶのは、承継先の会社がいるのか、自社の価値はどのくらいなのか、事業承継はどのように進めればよいのか、といった大局的なものだと思われます。
しかしながら、事業承継への取組みを本格的に進め、候補先との条件交渉が開始するくらいのタイミングになると、「事業承継を実行する上で、どのような契約を結ぶことになるのか?」という疑問が生じてきます。
事業承継は非日常的な取引ですので、M&Aを戦略的に行っているような会社の経営者でないかぎり、事業承継の際に必要となる契約のイメージを掴むのは難しいと思われます。
そこで本コラムでは、事業承継の際に必要となる契約の種類、また各契約がどのようなスキームにおいて利用されるのかについて、ご説明させていただきます。
なお、M&A・事業承継の場面では「最終契約(Definitive Agreement)」という言葉が用いられることもありますが、こちらは個別のM&A・事業承継において最終的に締結される契約を、抽象的に表現したものとなります。すなわち、株式譲渡により事業承継を行う場合には、最終契約は株式譲渡契約を意味することになります。
1. 株式譲渡契約
事業承継の場面で最も利用されるのは株式譲渡契約であり、その名称のとおり経営者が保有する自社の株式を譲渡する場面で必要となります。なお、英語では”Stock Purchase Agreement”と表記されるため、SPAという略称が用いられることが通常です。
株式譲渡は、言ってしまえば単なる株式の売買ですので、売主が株式を譲渡し、買主がそれに対して代金を支払うことが、契約の中核となります。
しかしながら、買主の目的は株式を取得し、その先にある対象会社の支配権を取得することにありますので、ただ株式を取得すればよいというものではなく、対象会社に何らかの問題がある場合、株式譲渡の実行までに売主において問題点を解決してもらうこと(誓約事項)、当該問題点が解決していなければ代金の支払義務を負わないこと(前提条件)、といった内容を規定することが一般的です。
また、売主が対象会社の基本的な事実関係を買主に対して表明・保証し、もしその表明・保証に違反した場合には売主がペナルティを負うことも一般的です。
株式譲渡契約において規定されるこれらの内容は、事業承継に限らず、他の取引に係る契約でも用いられるものですが、日常的な取引に係る契約ではあまり見受けられません。
また、内容についても画一的なものではなく、それぞれの会社に応じて規定すべき事項は異なりますので、あらゆる株式譲渡にそのまま利用できる、株式譲渡契約の「雛形」のようなものは存在しないとお考えいただきたいと思います。
2. 事業譲渡契約
事業譲渡契約は、一部の事業を会社に残して事業承継を行う場合や、個人事業主の事業承継の場面で利用される契約です。
事業譲渡も取引行為ですので、事業の売買が契約の中核となりますが、「事業」というのは株式ほど内容が一義的でないため、何を承継し、何を残すのか、また承継する際の手続をどのように定めるのか、といったテクニカルな調整が必要となります。
事業譲渡に関するトラブルの代表的な例として、契約において承継対象が特定されていない、というものがありますが、これは上記の調整を行うことなく、雛形のようなものをそのまま利用してしまったことが原因となります。
事業譲渡契約は、株式譲渡契約以上に個別事案に応じた調整が必要になりますので、事業譲渡による事業承継を検討されている場合、ご留意いただければと思います。
なお、事業譲渡契約においても、株式譲渡契約と同様に誓約事項・前提条件・表明保証などの規定が設けられることが一般的です。
3. 経営委任契約
経営委任契約は最終契約ではないものの、事業承継の際に必要となることが多い契約です。
この契約は、経営者が事業承継の実行後、承継先に対してビジネスの引継ぎを行う場合に、月額報酬や引継ぎ期間、この間の(旧)経営者の役職名などを規定し、引継ぎにあたってのルールを明確化することが主な目的となります。
経営委任契約は必ずしも締結しなければならない契約ではありませんが、「引継ぎの期間を明確にしたい」、「引継ぎに際して週何日くらい出社するのかを予め合意しておきたい」といったニーズがある場合には、締結しておくことで後のトラブルを回避することができます。
経営委任契約については、コラム「事業承継・M&Aと経営委任契約」でも紹介しておりますので、内容について理解を深められたい場合には、ぜひご一読ください。
4. まとめ
本コラムでは、事業承継の際に必要となる契約について、その概要をご説明させていただきました。
株式譲渡契約・事業譲渡契約はいずれも非日常的な取引で、内容を十分に理解されずに事業承継を行ってしまうと、後にトラブルが生じかねません。
一度契約を締結してしまうと一方的に変更することはできませんので、慎重にご検討いただき、それでも理解が及ばない部分については専門家のアドバイスを求められることをお勧めいたします。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。