中小企業の事業承継においては、後継者が自社の株式を取得する際の贈与税・相続税の負担が、スムーズな事業承継を阻害する要因の一つとなっています。
このような状況を踏まえ、会社の株式に対する相続税または贈与税の納税を猶予し、また一定の場合には猶予税額が免除される制度(特例事業承継税制)が、平成30年に制定されました。特例事業承継税制は非常に画期的な制度であり、この制度を用いて事業承継を促進することが期待されていますが、いくつか注意すべきポイントもあります。
そこで本コラムでは、特例事業承継税制の利用にあたって注意が必要と思われる点について解説させていただきます。
1. 特例事業承継税制の利用場面
特例事業承継税制は、贈与(無償のものに限られます。)または相続の場面において利用することができます。典型的には、経営者が後継者であるご息女・ご子息に対して、自社の株式を生前贈与する際に利用することが考えられます。
株式の生前贈与のケースで特例事業承継税制を利用しますと、まず贈与税の納税が猶予され、経営者の死亡により当該贈与税は免除されます。また、生前贈与により取得した株式については相続税の課税を受けるところ、一定の要件満たした場合には当該相続税の納税の猶予を受けることができます。
なお、従業員や第三者に対する贈与であっても、それが無償の贈与であれば制度上は利用可能となっておりますので、社外への承継においても特例事業承継税制を利用することはできますが、経営者が親族以外の方に無償で株式を譲り渡すケースは多くないと思われます。
2. 特例事業承継税制の要件・手続
特例事業承継税制には、その適用を受ける際の要件と、適用開始後に遵守しなければならない要件が存在します。もっとも、これらの要件自体はそこまで複雑なものではありません。
他方で、特例事業承継税制の適用を受けるための手続は重厚で、特例承継計画の作成、認定申請、贈与税または相続税の申告といった手続をタイムリーに行う必要があります(参考:中小企業庁のウェブサイト)。
これらの手続のすべてを経営者の皆様がご自身で完了させるには相当な労力が必要となりますので、通常は会計事務所やコンサルティング会社などの専門家のサポートを得る必要があります。また、特例事業承継税制はあくまで納税の猶予であり、免除ではありませんので、要件を満たさなくなった場合には、その時点で猶予されていた贈与税・相続税を支払わなければならないというリスクもあります。
そうしますと、会社の規模がそれなりに大きく、株式の評価額が高くなる(=株式の贈与税・相続税が高額になる)会社でなければ、特例事業承継税制を利用するメリットが乏しいとも考えられます。
3. 特例事業承継税制の期限
本コラムの執筆時点(2020年6月)においては、特例事業承継税制を利用するためには、2027年12月31日までに贈与または相続により自社の株式を取得する必要があります。
ご留意いただきたいのは、特例事業承継税制の手続に必要な時間よりも、事業承継を確実に成功させるための準備に必要な時間の方が圧倒的に長いということです。
事業承継を成功させるためには、経営者による後継者の指名と、指名を受けた後継者による受諾を前提に、後継者の育成や従業員からの信頼の獲得といったプロセスが必要となります。後継者の方が既に社内で一定の役職に付いており、実績があるといった場合を除き、このようなプロセスには通常1~2年を要するものと思われます。
特例事業承継税制は事業承継を行うための技術的な制度であり、会社を次世代に残す上では経営者の皆様と後継者の方が一体となって、会社の中長期的なビジョンを描いていく作業が必要となりますので、特例事業承継税制の利用を検討しているか否かにかかわらず、事業承継の準備は早期に開始することが望ましいです。
4. まとめ
本コラムでは、特例事業承継税制の利用にあたって注意が必要と思われる点について解説させていただきました。特例事業承継税制は事業承継を促進するための画期的な制度ではありますが、資産管理会社の設立や自社株式の評価額の引下げなどの従来から利用されてきた手法も引き続き活用することが望ましいと思われます。
また、どのような手法を利用する場合でも、なるべく早い段階から専門家のサポートを得ることは、円滑な事業承継を行う上で重要となります。
当事務所では、公認会計士・税理士等の専門家とも連携し、事業承継のサポートを行っておりますので、事業承継を検討されている方は一度当事務所までご相談ください。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。